硫化水素による自殺が増えたのはマスコミのせい
【Livedoorニュース】2008年05月06日20時20分http://news.livedoor.com/article/detail/3627041/
硫化水素による自殺が増えたのはインターネットのせい、とマスコミが声高に言っているので、インターネット側としても声をあげたいと思います。硫化水素による自殺が増えたのはマスコミのせいです。
インターネット上に自殺方法が書かれているのは事実です。特定の成分が含まれている薬剤を混ぜ合わせると硫化水素が発生し、致死量を吸引すると死にます。ただ、それだけのことです。
理解して欲しいのはこれがただの情報であるということです。人は首を吊れば死にます。高いところから飛び降りれば死にます。致死量の薬を飲めば死にます。すべては単なる情報です。自殺を誘因するものではありません。
死にたいと思っている人は自殺の方法を探します。それらは前述のように首吊りだったり、飛び降りだったり、電車への飛び込みだったり、方法は様々です。その中の一つが、硫化水素です。
硫化水素で自殺しよう!なんて思いつく人はまずいません。自殺で一番に思いつくのは首吊りだからです。なぜか?それは一番身近なモノだからです。
首吊りで自殺することが身近というわけじゃありません。玄関あけたら目の前に死体、なんていう状況は勘弁して欲しいものです。ではなぜ一番身近なのでしょうか?首吊り、よくやってるじゃないですか、テレビで。
日本における自殺の方法第1位は首吊りです。男女ともに過半数を超える支持を獲得しています。なぜこんなにも首吊りが好まれるのでしょうか?
痛くないから。すぐに気を失うから。死体がキレイだから。諸説いろいろとありますが、自殺した(が失敗した)人の話によると飛び降りだって全く痛くなくて気持ち良いそうです。腰から落ちればキレイに死ねます。薬もそうです。それでも、首吊りが第1位です。
理由は簡単です。みんなやっているから。成功したことがない方法を試そうという自殺志願者はいません。中には自分で考え抜いた珍しい方法で挑戦する人もいますが、ごくごく少数です。みんなが死んだ方法だから、自分もするんです。
ではそのみんなとは一体誰なのか?日本はよくできた国で、公園で首を吊ってもすぐに国家が片付けてくれます。普段生きている限りあまり目にしません。ではどこで目にするかというと、それがテレビなんです。
ドラマ、時代劇、映画、なんでもかまいませんが、1日に1回はどこかのテレビでやってます、自殺。もちろん演出ですが、見ている人にとって自殺には代わりありません。遺書を書いて、最後に覚悟をして、ぶらーん。
硫化水素もこれと同じです。自殺したいと考えている人のところに、「○○さんが硫化水素で自殺しました」「××さんもしました」「△△さんもしました」という自殺成功情報が飛び込んできて、「いずれもインターネットに掲載されていた情報をもとに自殺したそうです」と言われたらYahoo!の検索窓に打ち込んでしまいますよ、「硫化水素 自殺 方法」と。
もちろん硫化水素は自分だけではなく周りを巻き込むおそれもあるため、第三者に知らせるということは必要です。ですが、わざわざ「硫化水素」「インターネットに掲載されていた情報」と言わなくても良いのです。
マスコミが第三者に知らせたいのであれば、「○○さんが特殊な方法で有毒ガスを発生させて自殺しました。このガスは大変危険ですので、卵の腐ったようなにおいがする場合は、ただちにそこから離れて警察に通報して下さい。また、自殺を考えている方は一度誰かに相談うんぬん」とでも流せば良いのです。
それをおもしろ半分に「硫化水素で自殺した」「情報はインターネット」などと書いてあるから、硫化水素による自殺が増えることになります。マスコミは、硫化水素による自殺を扇動していることに他なりません。
残念なことは、私がこのように声をあげても世間一般の人は「硫化水素による自殺はインターネットのせい」だと思い続けることです。それぐらい、テレビという情報媒体は強力なものです。おそらくインターネット全体で「硫化水素による自殺はマスコミのせい」と言っても結果は変わらないでしょう。
それでも私は声をあげます。それはマスコミに対してではなく、自殺しようとしている人に対してです。死にたいなら今すぐ縄を用意して下さい。首つりはドアノブ程度の高さでも死ねます。信じられないでしょうが頭部の体重が首にかかれば人間死ぬのです。
理解できましたか?あなたは縄さえあればいつでも死ねます。だから、もうちょっとだけ生きてみませんか?学校でいじめられていても、そんなのは人生の10分の1にもなりません。借金?今の生活捨ててみて下さい。しがみつこうとするから悩むんです。あなたはいつでも死ねます、それならもうちょっと生きてみるのも良いと私は思います。私も、自殺を考えたことがある人間です。
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硫化水素を巡る報道については、日本のマスコミの、本当に無責任で愚かな姿勢が表れ続けていて、嫌な気持ちになります。
「硫化水素の発生法に簡単にアクセスできてしまうのがけしからん」という論調がマスコミ全体に漂っていて、例によって、「ネット社会の台頭によって、これまでに起こりえなかった危機が起こり、これまでの平和な社会が破壊される」みたいな空気を漂わせようとしてるように見えます。
しかし、この記事にあるように硫化水素があろうがなかろうが、自殺者は一定数いるわけで、むしろ従来の自殺(首吊りや身投げ)はあまり大きく報道しなかったのに、自殺サイトを皮切りに、今回の硫化水素のように「新しいパターンの自殺をする人が増えた」ということがこの一連の報道の真のニュース性なわけです。
このことをよりわかりやすくするために違ったケースについて書くと、近年、若者の自殺が増えているようなことが問題視されますが、実際には若者の自殺は横ばいで、増加傾向は見られません。自殺者の数も、どの年代よりも少ないことがわかります。 (厚生労働省 自殺死亡統計の概況)
では、ワイドショーやら、報道番組もどきでやっていることは一体なんなんでしょう。犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛んだらニュースになるよ、というだけのことなのです。
では、仮に「硫化水素」を有害情報に指定して硫化水素による自殺を押さえ込もうとしたならどうなるか。自殺したい人にしてみれば、自殺したくなるような環境はそのままにただ「死ぬな」と言っているだけなので、なんの解決も示していません。自殺したい人は別の手段で自殺するだけ。これでは「自殺したい人が硫化水素で自殺すること」を減らすことができても、「自殺したい人が自殺すること」を減らすことにはならないと思います。これで本当に問題解決なのですか。
自殺の背景にはいろいろなことがあると思います。例えば「好きな女の子に振られて悲しい」のも立派な自殺理由だと思います。しかし、一番多い理由は、現在の経済状態であったり、経済状態の先行きなどが非常に多いのではないかと思います。
実際に、それを示すニュースは溢れているではないですか。原油高や食料原材料不足による物価高、漂流する日雇い派遣、年金の崩壊、少子高齢化、晩婚化、一昔前だったら、生涯雇用の崩壊が問題になっていましたが、現在では、正規雇用の枠に入れるかどうか、セーフティネットの中に踏みとどまれるかが問題となっています。
こんな状況で、逃げ切りを図る上の世代から、「死ぬのは良くない」と倫理をふりかざされても、一体何を拠り所にして希望を見出していけばよいのか。ふざけるな!です。
本当は、硫化水素に端を発する「群発自殺」についてのマスコミの姿勢についても書きたかったのですが、今日はこの辺で。
2008年5月7日水曜日
パンドラの箱にまだ「希望」は残っているか
2008年2月8日金曜日
ポジティヴに舵を切ろう
頑張れば何でもできると思うのは傲慢
日経アソシエ 山田太一 氏
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/backno/BA1127.html
「あきらめるな」とよく言います。だから誰でもあきらめさえしなければ夢がかなうような気がしてきますが、そんなことはあまりない。頑張れば何でもできると思うのは幻想だと僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰もインタビューしてないじゃないですか。
人間は、生まれ落ちた時からものすごく不平等なものです。国籍も容姿も選べない。親も子供も選べない。配偶者だって、2、3の候補の中から選ぶのがせいぜいで、それでもいいくらいのものでしょう?つまり限界だらけで僕らは生きているわけで、そんなにうまくいかないのが普通なんです。その普通がいいんだと思わなければ、挫折感ばかり抱えて心を病んでしまう。
僕は一握りの成功者が「頑張れば夢はかなう」というのは傲慢だと思っています。多くの人が前向きに生きるには、可能性のよき断念こそ必要ではないでしょうか。
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一昔前、「アメリカン・ドリーム」に習って、ヒルズ族に代表されるような、「ジャパニーズ・ドリーム」の体現者みたいな人が巷間にあふれてました。
「金持ち」がいわゆるエスタブリッシュメントな階級だけでなく、ホリエモンのように一般的な家系から、大金持ちが輩出されるようになり、一見すると機会平等の世の中っぽくもありました。
しかし、記事が指摘するように、成功者にスポットライトが当てられると同時に、同じようにがんばっても成功できなかった人々というのも存在します。
成功者にスポットを当て、「世の中は機会平等で実力だけがものを言う」みたいな風潮がありましたが、逆を言えば、成功者でない人は「実力がなかった」で片付けられてしまいます。
実際には、スタート資金が無かった人、教育が十分に受けられなかった人、運が悪かった人(重要な時期に大病をわずらったり・・・)と、実力では片付けられない側面もあります。
紙屋研究所
というサイトで、例によって山田昌弘教授の「希望格差社会」の一節がまとめられていました。
山田昌弘『希望格差社会』(抜粋)
戦後教育システムはゆるやかな差別・選別制度だった 社会学者である山田自身がこの本の中で、教育学者たちが語る人間の発達の可能性の称揚などをウザく思っていることを吐露しているのだが、たしかに山田の論調はきわめて冷静――というか冷酷である。 人がぞっとするようなことを平気でいう。
その一つが、これだ。 戦後日本の教育システムとはゆるやかな差別・選別のシステム、パイプラインであり、受験のなかで「過大な希望」をリスクなしにあきらめさせていくのに適した制度だったという。どの学校へいけばどれくらいの人生が歩めるかというモノサシになっていたと山田は主張する。
ところが、山田によれば、現代ではこのパイプラインが疲労し、漏れが発生している。
たとえば、工業高校を出れば、昔は大企業の工場勤務という道があったが、今はそこの工場で正社員として働ける者は少数である。短大・女子大を出た女性も、一般職→結婚というコースが見えにくくなり、派遣への置き換えと、結婚相手たる男性正社員の数の激減と不安定化がおきている。――これが山田の指摘する現実だ。
「ゆるやかな選別」というのは、医者になりたかったら医学部で勉強する。医学部に入るには金が必要だから、ある程度、余裕がある家庭でなければ、なることはできません。
つまり、家柄や資金といった、本人の実力に関係ないところで十分に選別されていたのです。
上の論旨は、選別のふるいに残ることができたエリートでさえも、成功が約束されているわけではなくなった。(パイプラインの疲労)というわけです。
まぁ、自分の境遇を嘆き、「アレが悪い、コレが悪い」と言っているのも、貧乏人の僻みみたいでかっこ悪いですが、たまたまめぐり合わせで成功して、「オレの実力だ」なんてふんぞり返っているのも、みっともないと思います。
「可能性の断念」なんて綺麗な言い回しはしませんが、頭を切り替えてポジティヴに生きるほうがいいのでは、という意見には一定の共感ができます。
2008年1月9日水曜日
将来を担うのは
<ネットカフェ難民>都が支援 無利子で最大60万円
1月9日11時36分配信 毎日新聞
住居がなく、インターネットカフェや漫画喫茶などに寝泊まりする、いわゆる「ネットカフェ難民」を対象に、東京都は08年度、賃貸住宅の入居費用などを無利子で貸し付ける支援に乗り出す。全国の約4割を占める都内のネットカフェ難民に安定した生活を促すのが目的で、自治体としては初の試み。
----------------中略---------------------
都の支援策は、正規雇用先を見つけるなど安定的な生活が見込める人を対象に、賃貸住宅の入居費用や当面の生活資金として、最大60万円を無利子で貸し付ける。また、専用の相談窓口を設け、社会福祉法人などに委託して生活相談や住居探しを手助けする。
都は「住居がないため正規雇用に至らない悪循環に陥っている人が多い。問題を放置すれば、路上生活をせざるを得ない人が増える」と、早期自立の必要性を説明する。
生活困窮者の支援活動を行うNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長は、「(ネットカフェ難民が)自力で金をためて住居を借りるのは事実上、不可能なので、支援策は必要だ。ただ、貸し付けの条件次第で使い勝手のある制度になるかどうかが決まる」と話している。
【五味香織】
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東京都いい仕事してますね。
以前、紹介した山田教授の著書にも、これからは年金を老齢者のためではなく、若年就労準備者のためにこそ、使うべきという意見が載っていました。初めて見たときにはびっくりしましたが、いよいよそういう支援策も検討すべき時期かもしれません。
これからの時代を背負っていくべき人々に適切な労働訓練がされていかないというのは将来の国家デザインに影響する重要な問題ですので、全国に先駆けて英断に踏み切った東京都の姿勢は評価されるべきです。大切な都民の税金であることは忘れて欲しくないですが、難民生活に陥ってしまった人々はぜひ積極的に活用して、よりよい社会の建設に寄与してほしいものです。
石原都政2期目は未曾有の借金を背負い、財政再建団体墜落寸前だった東京都ですが、自助努力の賜物で、盛り返し、新銀行東京を始め、排ガス規制、高速走路整備に、オリンピック招致と、国にも、他の行政にもできないような事業にチャレンジしています。失敗がないでもないですが、都民が生活の中で直面している矛盾や不平等感に向き合って、政策を行っているように感じます。
法人事業税の地方再分配など、東京の利益にたかる話ばかりですが、それにもめげずに、世界の中の東京として、トップランナーの地位を守り抜いて欲しいです。
